自然界の多くのモノ、コトは対として存在し、最初は対称な関係にあっても、ちょっとしたきっかけで対称が破れて非対称に陥ります。生物の世界もそうした観点から見てみるのも面白いのではないでしょうか? 
 今回は性における対称と非対称について考えてみたいと思います。有性生殖とは2個体が互いに自身の持つゲノムの半分を出し合って、新たなゲノム構成を持った個体を作り出す機構です。通常、その2個体は雌と雄と呼び倣わし、同じ種の個体でありながら形態的に、機能的に異なっているのが普通です。これを性差といいます。しかし、生物を広く見てみると、雌と雄の違いは種により様々であることが知れます。高等な生物ほど性差が大きくなるというわけでもありません。極端な性差を示すものとして、矮雄が知られています。動物、植物を問わず見られ、雄が極端に矮小化してしまうものです。例えば深海に住む魚類チョウチンアンコウの雄は雌の1/3から1/13程度にしか成長しません。当初は自由生活をしていますが、雌を見つけるとその体に食いつき雌の体の一部として一体化してしまいます。単なる精子を作る附属器官のようなものです。植物のコケの一部でも知られています。この場合も雄が極端に矮小化し、外見上は雌株に寄生する生殖器官と同じです。雄の存在感の低下の行き着く先が雄の消滅です。有性生殖の放棄、雌のみの単為生殖による繁殖です。ギンブナや一部のトカゲなどで知られています。しかし、以前話したように、有性生殖には長期的なメリットがあるために、有性生殖を失うと将来的な繁栄は望めませんし、一旦失った有性生殖(雄)を復活させることは困難です。
 我々は普通に雄と雌と云いますが、そもそも何をもって雌と雄とを決めているのでしょうか? それは卵子を作る性を雌、精子を作る性を雄と決めているのです。一般に、卵子とは不動性の大型の配偶子(生殖細胞)、精子は運動性を持つ小型の配偶子のことです。つまり配偶子の形態が雌雄では違うということです。雌雄という時点で配偶子の形に非対称性が現われているのです。では有性生殖における配偶子の非対称性は普遍的なのでしょうか? そんなことはありません。緑藻の仲間、クラミドモナスという単細胞生物では2つの性がつくる配偶子の大きさは同一です。よって雌雄の区別はできません。しかし、見た目で区別がつかなくても遺伝子で決定される2つの性があり、異なった性由来の配偶子間でのみで受精が成立します。酵母は特に配偶子を形成しませんし、個体間に形態の違いもありませんが、やはり2つの性があり異なった性の個体同士で接合します。ゾウリムシも接合する2個体、そして接合時に交換する生殖に預かる核のも外見上の違いはありません。しかし、自分とは異なった性の個体と接合をします。そしてゾウリムシでは異なった性の数は2つではなく多数あります。同様に真性粘菌の仲間も多数の性が存在し、異なった性の間でのみ有性生殖が起こります。
 多くの単細胞真核生物の例が示すように、有性生殖の出発点では外見上の性差は存在しなかったと考えられます。しかし、自分と全く同じ遺伝子を持った個体と有性生殖を行なっていては子孫に多様性は生まれませんし、逆に異なる種と接合しても正常な子孫が作られないかもしれません。同じ種でありながら自分と違う遺伝子を持った個体と生殖を行なうからこそ自分とも相手とも違った子孫を作れるのです。生物は交配相手となりうる個体(生殖細胞)を区別する仕組みを備えています。それは自分と異なった、しかし同じ種に属する個体の識別でもあります。その仕組みの獲得が性の起源とも密接に繋がっているのです。初期の段階では性の数は2つではなかったのかもしれません。性の数が多い方が交配相手に巡り会えるチャンスが増えます。性が2種類しかなければ出会う相手の半分は自分と同性で交配出来ないことになります。しかし、多くの生物では性の数は2つに収斂しました。または2つに収斂した生物が結果的に多様に繁栄したのかもしれません。当初は差異のない2つの性の間の対称性が崩れ、雌雄の違いに発展してきたことは冒頭でみたとおりです。
 有性生殖は少なくとも形態的には対称な配偶子(細胞)の接合で始まったように思われます。しかし、本当に対称でしょうか? 接合における興味深い非対称性を指摘しておきましょう。それはミトコンドリアや葉緑体(オルガネラ)など細胞内共生に由来する小器官の伝達様式です。厳密に云うと各オルガネラに存在するDNAの伝達様式です。動物植物を問わずミトコンドリアや葉緑体は雌親由来のものが子孫に伝わるのです。これを母性遺伝といいます。雌雄という配偶子の大きさに違いがある場合は、単純に卵細胞という細胞質を多く持った母親由来の細胞内器官が量的に多いためとも考えられますが、配偶子が同じ大きさの場合はどうでしょうか? 調べてみるとほとんどの生物で接合の際、ミトコンドリアや葉緑体は片親遺伝するようなのです。例えば配偶子の大きさが同一のクラミドモナスでも片親遺伝が見られます。そしてこの場合、葉緑体が母性遺伝とするとミトコンドリアは父性遺伝します。つまり両オルガネラは互いに異なった片親のものが子孫に引き継がれます。接合した直後は両親から同量の細胞質、その中にはオルガネラが存在します。しかし接合後早い時間に片親由来のオルガネラDNAを区別して壊してしまうことが解ってきています。何故このようなことが起こるのでしょうか? こうした問いには様々なレベルからの解答がありうるでしょう。すなわち実際に壊す分子メカニズムからの答え。片親遺伝を行なうことの適応的な意義からの答え。片親遺伝の起源からの答え、等々。それぞれに興味深い研究、考察がなされていますが、専門的になりますし、不明なことも多いので興味がある方は自分で勉強してみて下さい。このページは性の起源やオルガネラの片親遺伝に関して紹介している研究室のページです。
 一つだけ指摘しておくと、共生微生物由来のオルガネラの片親遺伝と有性生殖の起源は密接に関わっている可能性があるということです。以前、有性生殖の起源にトランスポゾンの利己性に由来するという説を紹介しましたが、トランスポソンではなく共生微生物が、それを持たないホストへ乗り移ることで自身を広めようとした戦略が有性生殖の発端である可能性が考えられないでしょうか。自己の遺伝子を持ったオルガネラの利己性という視点を取り入れることで有性生殖や片親遺伝の謎も理解出来るかもしれません。 

 最後に雌雄の決定に関して興味深い研究を紹介しておきましょう。雌雄は生物により様々なメカニズムで決定されます。一般には遺伝的に決定されますが、中には環境要因で決まるものもあります。例えば爬虫類の仲間では発生時の温度により雌になるか雄になるかが決まります。アリやハチの仲間は特殊で、受精により生じた2倍体が雌、受精を行なわず生じた半数体が雄となります。どちらにしろ、雌と雄のゲノムは大部分が共通で絶えず混ざりあっています。ところがコカミアリというアリの一種では、雄と雌との間でゲノムが完全に独立しているという驚くべき発見がありました。
Clonal reproduction by males and females in the little fire ant. 
Fournier, D. et al. 
Nature 435, 1230-1234 (2005)
ハチ、アリ類の多くは女王と不妊の雌のワーカー個体を中心とした社会を営みます。コカミアリの女王は別の女王から減数分裂を経由しない単為生殖で生まれたクローンであることが判明しました。つまり交尾した雄のゲノムを持たず、母親と全く同じゲノムを持つのです。一方でワーカー個体は女王と交尾した雄由来のゲノムを持った通常の2倍体です。雄は他のアリ類と同様、女王が生んだ半数体として生まれます。ところが実際に雄のゲノムを調べると、雄親のゲノムのみを受け継いでいたのです。つまり雄は未受精卵から生まれるのではなく受精卵から生じ、かつ雌由来のゲノムは排除され雄親のクローンとして生まれてくるのです。この種では女王を経て伝わるゲノムと、雄にのみ伝わるゲノムの2つに完全に分離していて混ざることが無いのです。これでは雌雄間のゲノムを混ぜ合せ多様性を生み出すという有性生殖のメリットを無視しているかのようです(ワーカーが両親の染色体を受け継ぎ有性生殖のメリットをかろうじて受けますが不妊です)。通常、雌と雄の性差がいかに大きくなろうともゲノムを共有する同種ということに違いはありません。しかしコカミアリの雌雄は互いのゲノムを出し合いワーカーを生み出すことで同種という体面を維持していますが、それぞれは同じ屋根の下に住む赤の他人といってもいい状態でしょう。ゲノムの混合がないという意味では別種といっても良い状態です。
 どうしてこうした事態になったのでしょうか? 基本的に生物は自分の子孫を残そうという利己的な存在です。有性生殖では自分の半分のゲノムしか残すことが出来ません。自分と同じクローンを作ることが最高に利己的な振る舞いといえます。雌が自分のクローンで増殖する単為生殖が頻繁に観察されるのも、生殖効率というメリットとともに雌の利己性という観点からも説明されるのです。雄は卵を作れませんから、雄だけで増えるのは不可能です。雌雄の非対称性は時に、矮雄や雄の消滅といった事態を引き起こしましたが、コカミアリでは対として存在していたはずの雌雄が独立した存在に移行するという、新たな進化の実験を行なっているといえるでしょう。 

(2013. 8. 7)