前回真核生物の大系統について紹介しました。それは真核生物が細胞内共生により複雑化、多様化してきた歴史です。今回は真核生物のもう一つの重要な発明、有性生殖について見ていきたいと思います。
 我々人類を含めて身の回りの生物には個体としての寿命があります。老化しやがて死にます。しかし、種として絶滅しないのは、雌と雄がいて交尾し、子孫を残すからです。子孫を残し繁殖する営みを生殖といいます。多くの生物は雌雄という2種類の性を作り、協力して新たな個体を生み出すことで生を繋いでいます。この当たり前と思えるやり方を有性生殖といいます。しかし本当に当たり前でしょうか?
 生物を広く見回してみると様々な方法で生殖を行なっていることが解ります。原核生物はどうでしょうか? これらは1つの細胞で1個体、つまり単細胞生物です。そして細胞が分裂することで2つの細胞、すなわち2個体に増殖します。基本的に寿命は存在しないと思われています。つまり2個体それぞれが分裂し4個体に、さらに分裂し8個体にに、さらに分裂し16個体に・・・・・。原核生物は生命が誕生してこのかた38億年間、細胞分裂により生き続けてきたのです。このように性をもたずに増殖することを無性生殖といいます。有性生殖が見られるのは真核生物のみなのです。
 細胞分裂がそのまま個体数の増加に繋がるのは単細胞生物の特権です。真核生物も多くは単細胞生物です。そして単細胞真核生物でも細胞分裂による無性生殖が一般的です。その一方で、有性生殖も多くの場合併用しています。アルコール発酵でおなじみの酵母をみてみましょう。酵母は通常出芽という特殊な細胞分裂により無性的に増殖します。この分裂は不等分裂であり、分裂で生じた2細胞には母細胞と娘細胞の違いがあります。興味深いことに母細胞の分裂回数には限界があり、ある程度分裂するともはや分裂出来ず死滅します。老化し、寿命があるわけです。新たに生み出される娘細胞は全て若返って生み出されるので集団としては維持、増殖出来ます。このように酵母は無性的にやっていけますが有性生殖も行ないます。環境が悪化したときなど2つの細胞が接合し新たな個体を生み出します。同様な例はゾウリムシにも見られます。ゾウリムシも通常は無性的に細胞分裂で増えます。しかし、ゾウリムシも老化し、ある程度分裂するとそれ以上の分裂はできず死滅します。酵母と違い分裂は均等に起こり生じた2細胞は等しく老化します。よって無性的に増殖し続けることはできず、集団を維持出来なくなります。しかし、ゾウリムシは老化すると有性生殖が行なわれます。2個体が接合し互いのゲノムを交換しあい新たな個体として生まれ変わります。重要なのは有性生殖を経た個体は老化がリセット、つまり若返っていることです。酵母の例もゾウリムシの例も有性生殖には増殖という意味合いはほとんどありません。ゾウリムシの場合は若返りの意味がありましたが、酵母ではなんのために有性生殖を行なうのでしょうか? またゾウリムシも原核生物のように老化せずに分裂だけでやっていけないのでしょうか? 有性生殖をする真核単細胞生物を紹介しましたが、多くの単細胞生物では有性生殖が見つかっていません。例えばアメーバなども有性生殖は見つかっていません。しかし、観察が不十分で見つかっていないだけなのか本当に欠如しているのかはよくわかっていません。
 多細胞生物、とりわけ大半の動物には寿命があり、有性生殖を唯一の生殖手段として採用しています。一方、植物では植物体の一部から新たな個体を作る無性生殖を行なうものもありますが、花を咲かせ種子を作る、つまり有性生殖も行ないます。有性生殖と一言でいいますが、その様式も様々です。動物では雌雄が別個体(雌雄異体)が普通ですが、同一個体で雌、雄、両性の振る舞いをする場合もあります(雌雄同体)。植物では一般的ですが、動物でもカタツムリなど珍しくありません。魚類のなかには一生のうちで性転換をするものもいます。さらには性は雌雄の2種類と決まっているわけでもありません。ゾウリムシなどは性の種類は多数あります。異なった性を持ったもの同士が接合するルールです。
 有性生殖の謎としてよく引用されるのがそのコストです。単に繁殖のためであれば雌雄2種類の個体を作るのは非効率だというのです。繁殖のために雌雄2個体が出会う必要もあります。もしも雌のみで成り立つ生物がいれば、全ての個体が卵を産みそれが受精もせず発生、成長し雌になれば単純に2倍の効率で増殖出来るはずです。なぜ雄を作る必要があるのでしょうか? 実は実際にそうした生物がいます。身近な例で挙げると、フナの一種ギンブナには雄がいません。こうした繁殖様式を単為生殖といい有性生殖の変形として生じたものです。単為生殖を無性生殖の1種と捉える見方もありますが、起源的には有性生殖から派生したものです。ミジンコやアブラムシなどのように単為生殖と有性生殖を使い分ける生物もいます。増殖に関しては効率が良いと思われる単為生殖ですが唯一の生殖手段として採用している生物種は少数派です。多くの生物学者は単為生殖を採用してしまうと種として長続きしないと信じています。有性生殖には繁殖とは別の存在理由があり、それゆえ維持されているに違いないのです。
 有性生殖は見かけ上非常に多様ですが、その根本となる共通性はどこにあるのでしょうか? それは染色体、すなわちゲノムの半減と受精による復元です。通常、受精で合体する2つのゲノムは異なった個体に由来します。動物で例えると雌雄2個体の体内で、減数分裂により染色体数を半減、1倍体となった生殖細胞、卵と精子が作られます。続いて、2個体が互いの生殖細胞を出し合いそれらが受精し、一つの受精卵が作られます。ここで染色体は1倍体+1倍体=2倍体に戻ります。ゾウリムシなどで見られる有性生殖過程は非常に特殊化していますが、減数分裂によるゲノムの半減とそれに続く受精は共通しています。とりわけ減数分裂はあらゆる有性生殖において非常に共通した経過を辿ります。両親に由来する相同な染色体同士が並び(ペアリング)、互いの染色体間で組換えを起こし、新たな遺伝子構成の染色体を作り出します。いわゆる減数分裂組換えと呼ばれる現象です。1回のDNA複製の後、2回の細胞分裂が連続して起こることで染色体数は半減します。減数分裂特異的に働く遺伝子もその多くが共通しています。
 有性生殖が動物(ユニコンタ)、植物(バイコンタ)、その他、真核生物の多様な生物群で共通して観察されることから、この機構が真核生物誕生のごく初期に誕生、完成したと考えらます。おそらく有性生殖というシステムを獲得出来たからこそ、その後の真核生物の発展もあり得たに違いありません。多様な生物が進化していく過程で有性生殖も見かけ上の変化はあれど、減数分裂と組換え、そして受精という本質だけは変ることなく多くの生物で維持されています。このことは、見かけ上非常に多様身見える有性生殖の起源は一つであるということです。
 有性生殖は生物学の最大の謎、そして興味の中心です。それは生物システムの根幹ともいえる機構です。それゆえ様々な生物の問題、特徴と絡んできます。多細胞化と生殖細胞の発生、個体の老化と寿命の起源、生物種とその定義の問題、生物多様性の源泉、雌雄間の利害の対立が生み出す進化、性選択による性的2型、等々。付け加えれば、人類の芸術、文化の多くも男と女の問題に由来するといっても過言ではないでしょう。
 有性生殖を考える上で2つの視点が挙げられます。それは起源と維持です。いかにして有性生殖が始まったか、これが起源の問題です。そして、なぜ有性生殖が維持されているのか? これが維持の問題です。今後上記の関連する話題も絡めて有性生殖の詳細を解きほぐしていきましょう。 

(2013. 5. 29)